かけはし日本語センター日緬世話人からのご挨拶


ミャンマー側世話人

ミャンマー連邦共和国工業省  事務次官 Ko Ko Lwin

 

(上記インタビュービデオ英語翻訳)

●ミャンマーと日本の関係について 

 ミャンマーの首都ネーピードーと私のオフィスにお越しいただき、ありがとうございます。また、日頃大変お世話になっている、日本の皆様及び日本政府にお礼申し上げます。

 日本とミャンマーには長い間友好関係の歴史があります。また、現在は安倍首相、特に奥さん(の昭恵夫人)はとてもミャンマーに対して愛情を持って接して頂いております。現政権だけではなく、過去の政権時代からも日本からは多くの支援を頂いて来ました。このように、政府間でも個人間でも両国の関係は大変緊密に維持されてきました。

 

●かけはしプロジェクトについて

 かけはしプロジェクトでは、多くの若いミャンマー人が日本へ行ってOJTにより、技術を習得することを目的としています。建設、食品加工、自動車部品製造など様々な分野で、仕事を通じて日本で色々学ぶことができます。昨今、日本政府が3年にプラス2年の合計5年間の(技能実習)期間を伸ばしたことで、さらに彼らにとってはよい機会となります。なぜならばわが国の若い世代は、良いマネジメント手法と技術を必要としており、日本には「カイゼン」や「5S」というトヨタ自動車が始めた(世界的スタンダードの)手法があるからでます。日本のこのようなマネジメントや専門性およびシステムを、わが国は特に必要としています。

 このように海外で働いた経験と技術を持ってミャンマーに戻ることは、単にミャンマーの国の発展になるだけではなく、SEZ(国家経済特区)における海外の企業への上質な労働力提供にも繋がります。特に日本にとっては、ティラワSEZに多くの日系企業が進出しているので、彼らの活躍は相互発展のために非常に有効だと考えます。

 そのような背景の元、今回のかけはし日本語センターでは(1年という長い時間をかけて行う)日本語及び日本文化を教育するトレーニングセンターが用意されております。そして、日本の企業にこのトレーニングセンターでしっかりと教育された学生と面接していただき、双方が納得の上で、日本に行って働いてもらい、それがお互いの若い世代への貢献になればと考えています。

 ミャンマーの若者は、もちろん技術はまだ未熟ではありますが、学習能力も高く、そして心根もよい若者たちなので、ぜひ海外で活躍してほしいと考えています。そして、特に我々は「日本」に行ってほしいと考えています。日本にはなんと言っても、(ミャンマー人にとって必要な)素晴らしい専門性を備えた職業機会が多いからです。また、多くのミャンマー人労働者が海外に働きに出ていますが、生活面でも日本は安全なところで、送り出す側としては安心して送り出せます。

 ますます多くの若者が日本で働くことにより、よい収入を得ながら、必要なスキルを得ることができることで、両国の関係強化と相互発展につながることを、このプロジェクトを通して期待をしております。

 

 

(インタビュー外でのメッセージ)※KoKoLwin氏は超多忙な中でのインタビューであったため、その他に以下のメッセージをもって補足とさせていただきます。

 

 かけはし日本語センターを運営する姪のチッスワイは父の影響で、日本の文化や言葉に興味をもって、学習面でもその意欲が高じて、マンダレー地区でも有数の難関校であるマンダレー外国語大学の日本語科に進学しました。その後、スピーチコンテスト等の様々な場を通して、その日本語能力を磨く機会もあり、卒業後は念願かなって、立岩氏が経営するヤンゴンの日系IT企業で日本語を使った仕事に就くことができました。

 このように順風満帆の新しい生活をスタートさせたと思っていたのもつかの間、1年も経たずに、不幸なことに急性骨髄性白血病という難病を罹ってしまいました。医療レベルの低いミャンマーでは助かる可能性は限りなくゼロに近い中で、弟との移植の型が合致したため、急ぎ、インドで骨髄移植をする準備を始めました。同時に、立岩氏の会社は、姪の病気と同様の不幸が重なり、事業が立ち行かなくなり、残念ながら解散・売却となりました。そして、その際の売却代金や残金と、更には有志の方々の寄付を当該移植費用に充ててほしいと申し出を頂きました。

 会社の名前を当時知りませんでしたが、MJ Mark Enterpriseという会社名で、その由来は自らMyanmarとJapanの友好と相互発展に寄与し、同様にそのような企業には「MJ」というマークを贈るぐらいの手本となる企業を目指す趣旨であることを知りました。本当はこの会社自体に、私から是非MJマークを贈呈したいと思いますが、今は存在していません。しかし、その時に日本の友人のみなさんに送って頂いた善意が、姪の体の中に、確かに生きています。これは、本当に感謝の言葉が尽きず、心から御礼申し上げたいと思っています。

 

 その後、順調に回復した姪が、日本語学校を始めたいと言い、それもかなり速いスピードで準備を始め、実際に事業を開始したのには驚いています。しかし、その原動力となっているのは、彼女の中にミャンマーと日本の関係をさらに発展させたいという「MJ」マークが生きているからであり、そして、再度この事業に立岩氏をはじめとした日本の友人の協力があるということを伺い、本当にうれしく思っています。

 姪の親族の一人として、彼女の命が救われて、このようにミャンマーと日本の、まさに「かけはし」を構築する事で生かされていくことに、先ず感謝をしています。それと同時に、ミャンマー政府の一員としても両国の「かけはし」をさらに強くして、より深く結びついていくことを心から願い、そのためにも職責を全うしていきたいと考える所存でございます。

 

 日本の皆様へは、姪のことも含めて日頃の感謝を申し上げるとともに、さらに両国の「かけはし」を強化する当センター及びその収益を一部寄付として活用するプロジェクトへ少しでもご関心を持っていただければありがたく存じます。


日本側世話人 

社会保険労務士 立岩 優征

 

 この度は「かけはし日本語センター」にご感心をお持ち頂きまして誠にありがとうございます。

 代表者であるチッスワイさんと私の関係は彼女のあいさつの通りです。そのような経緯があり、幾多の難題を克服しながら、ミャンマー連邦共和国で初めて、最大都市ヤンゴン以外で送り出し機関の許可を頂くことができたと考えております。

 なお、社会保険労務士としては、今後、益々、外国人労働に頼る我が国において、「日本に来て良かった、日本に来てもらって良かった」と言ってもらえるような環境づくりをする必要があると考えております。当然、日本側の受け入れ企業・監理組合等のご指導・助言をさせて頂きますが、この度、送り出し国側にも積極的に関与するスキームを構築することとなりました。この両側に労務管理の国家資格者である社会保険労務士が関与することで、当該制度の趣旨に沿った運営ができると考えております。

 

 また、日本語教育と日本への送り出し関連事業で得た収益をこちらの活動に活用させていただきたいと考えています。このような活動ができる、マンダレーというこの地に、このように縁ができたことを大変ありがたく感じております。

 

 ぜひとも多くの日本の皆さまのご支援をいただけますよう、よろしくお願い致します。

 

骨髄提供者の弟さん(右)とチッス校長(真ん中)と立岩社労士(左)でマンダレーの夕陽と共に