~ミャンマーと日本の友好の「かけはし」へ~ 白血病との闘いの末 想いの実現
日本の皆様、いつも大変お世話になります。かけはし日本語センターで校長を務めさせていただいておりますチッスワイと申します。平素は私の日本語教育及び日本への学生のご紹介に関して、日本の皆様から多大なるご支援を頂き、心より感謝申し上げます。
私は大学を卒業後、2012年に立岩氏らの経営するミャンマー最大の都市ヤンゴンにあるソフトウエア開発会社に採用されました。そして、務めて1年も経たない時に、同じように日本の皆様から多大なご支援を頂き、故に現在の自分があると思っています。
当時、22歳で、日本人とミャンマー人のITエンジニアの通訳役などで多忙でありながらも充実した日々を過ごしていたのですが、突然、急性骨髄性白血病という難病が襲いかかりました。そして時を同じくして、当該会社の現地代表が同じ血液のがんである悪性リンパ腫を患い、大変残念ながらその会社は精算・売却されることになってしまいました。
医療技術の極めて低いミャンマーで、途方にくれていた時に光が見えたのが、弟との型が一致して、唯一助かる方法である海外での骨髄移植の可能性でした。その会社が精算・売却されて残った全額と日本の友人の方々から多くの寄付を頂き、それを充ててなんとか海外移植の費用を捻出して隣国医療先進国のインドで移植を受けました。そして、無事移植手術が成功して、その後闘病しながら、寛解期間と言われる5年を経過して現在の自分があります。
よって、何としてでも日本の皆さんに恩返しをしたいと考え、一人でも多くのミャンマー人に日本語と日本文化を学んでもらい、両国の友好を更に深くしたいと思い、闘病中に準備をして「かけはし日本語センター」を設立することとなりました。さらには、当該日本語学校で学んだ学生などを日本に送り出しして、日本で活躍できるように、色々な方のご協力を頂き、ミャンマーで初めて、最大都市ヤンゴン以外で送り出し機関の許可を労働省から頂くこととなりました(免許番号:129/2019)。
これからも、両国の関係を益々強化していくために、努力を惜しまず邁進していきますので、引き続きご支援の程、よろしくお願い致します。
令和元年5月30日
かけはし日本語センター 校長 チッスワイ